0系新幹線


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0系新幹線電車 第1号車

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 戦後復興とともに、目に見えて輸送量が増大した東海道線。解決策として複々線化も検討されましたが、結局は新しい路線の建設が進められました。

 このとき、国鉄総裁・十河信二と、戦前の弾丸列車計画を指揮した島安次郎の息子・島秀雄が広軌による建設を主張します。それで、軌間(レールの幅)は、在来線(1067mm)より長い1435mmとなりました。

 1959年に計画が認可され、1964年10月1日、ついに東京〜新大阪で東海道新幹線が開通します。営業運転で時速200km越えは世界初でした。

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運転席


 その後、1972年3月15日に新大阪〜岡山が、1975年3月10日に岡山〜博多が開業します。
 交通科学博物館には、「0系新幹線」の第1号車が展示されていました。

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一般シート。窓の下は非常口になっています

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グリーン車

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電話

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速度計


 0系の製作は日本車輌製造です。鉄道科学博物館に展示されていたのは、制動電動部(先頭車)2両とグリーン車、ビュフェ車の計4両で、1978年3月に引退した車両です。
 のべ600万kmを走行しています。


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ビュフェ窓際

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ビュフェのカウンター

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ビュフェの冷蔵庫?


 1985年、開業以来の「0系新幹線」がモデルチェンジして、100系新幹線が登場。これは2階建て車両が連結されていました。
 1992年には300系が登場し、1997年には500系が登場し、時速300kmでの営業運転が開始されます。そして、0系新幹線は1999年に東海道新幹線から、2008年には山陽新幹線からも引退するのです。

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手洗い


 交通科学博物館のあった大阪には、鳥飼車両基地があります。内部は覗けませんが、隣接して走る大阪モノレールから見ると、新幹線がずらりと並んで壮観です。

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鳥飼車両基地


 実はこの鳥飼車両基地は、貨物新幹線の基地でもありました。

 貨物新幹線は1957年から国鉄幹線調査室で検討が始まり、1961年からは新幹線総局計画審議室で議論されました。
 コンテナ基地は東京(大井埠頭)、静岡(柚木)、名古屋(日比津)、大阪(鳥飼)で、用地買収も終わり、工事も始まりました。

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今も残る貨物新幹線の線路跡


 時速130km、東京〜大阪を5時間30分で結ぶ貨物新幹線計画。しかし、モータリゼーションでトラックによる貨物輸送が進むことで、工事は中止されてしまいます。

 1970年にも、工作局・臨時車両設計事務所で新幹線の貨物輸送計画が復活しますが、結局、幻となってしまいました。